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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その3の6


 場所は変わり、西館3階のナースステーション。テーブルを挟んでそこに座ってるのは、私・先生・先生が内線で呼び出した桂太朗さん。それから……
「はじめまして。柊一朗の姉の、桜子です」
 そう言ってにっこりと微笑む女性の4人。
 桂太朗さんと桜子さんは悪戯が見つかった子供のようにばつが悪そうな笑みを浮かべている。先生はそれを叱る親のような怒り半分、呆れ半分の顔をしている。そして私は――大いに混乱していた。
 すべて明かされたあとの先生の台詞はこうだ。
「つまり全部母さんが仕組んだことだった、と」
 呆れつつも納得した様子でそう言った。桂太朗さんが頷く。
「そういうこと。俺も桜子も母さんに頼まれてやったんだ。文句なら母さんに言ってくれよ」
「碧乃ちゃんも、巻き込んじゃってごめんね」
 そう言って申し訳なさそうに桜子さんが笑う。
 和泉 桜子。ウィッグまで着けて幽霊のふりをしていた先生の実のお姉さん。(既婚のため名字が違うそうだ) 力のある目元が印象的な、バリバリのキャリアウーマン。そんな雰囲気だった。
 そして驚くことなかれ。この桜子さん、なんと桂太朗さんの双子の姉なのだ。
「……先生。兄弟が双子って、いの一番に話のネタにすることだと思うんですけど」
 凄みを含んだ私の言葉に先生が一瞬たじろぐ。そしてあからさまにしまった、という顔をした。
「いや、それはその……だって、訊かれなかったから……って痛ッ! 碧乃君、足! 足!」
 突然声を上げる先生。当然だ。私が思いっきり足を踏みつけているのだから。けれど私はにっこり笑って尋ねる。
「ところで、もう他に兄弟とかいたりしませんよね? この期に及んでまだその台詞を言うようなことがあったら、いくら心の広い私でも、さすがにどうなるかわかりませんよ?」
「いないいない! この2人だけだって! っていうか足! 足どけて碧乃君!」
 その言葉を聞いてようやく足をどける。先生はぐったりと机に突っ伏した。自業自得だ。
 そんな私たちのやり取りを見て、桂太朗さんと桜子さんが思わず吹き出す。
「あっはは。随分尻に敷かれてるなー」
「シュウって昔からそうなのよね。どこか抜けてるっていうか、いつも一言足りなくて」
「そうそう。それで反応が面白いから、ついからかいたくなくるんだよな」
 2人はそう言い、顔を見合わせて笑う。私も心の中で大きく頷いた。まったくもってその通り。
 そんな2人を見て、1人先生はげんなりした様子だ。きっと子供の頃からこんなふうに2人にいじられっぱなしだったのだろう。
「でもシュウ、よく幽霊の正体が私だってわかったわね」
「馬鹿にしないでください。生身の人間とそうでないものの区別くらいつきますよ」
 その言葉は耳が痛い。多少違和感を覚えたものの、私はすっかり桜子さんを幽霊だと思い込んでしまっていた。スタッフの話とすべて一致していたため、余計にそう見えてしまったのだ。
 ――と、それで思い出す。
「それにしてもひどいじゃないですか。スタッフ総動員で私たちを騙そうとするなんて」
 スタッフに聞き込みした内容は、すべて桂太朗さんたちが事前にそう言うように指示してあったものだったのだ。つまり、誰も白い服を着た髪の長い女の幽霊なんて見ていない。先生の霊査で見つけられなくて当然だ。そんな幽霊、始めからいなかったのだから。
「ごめんごめん。これも全部母さんの指示なんだよ」
 そう言って謝る桂太朗さんだったが、申し訳ないというよりも、むしろどこか楽しそうにすら見える。桜子さんも右に同じだ。
 すみれさんは本当に食えない人だが、なんだかんだ言ってノリノリで計画に加担したこの2人も多分にその遺伝子を受け継いでいるようだ。こりゃ先生が苦労するのも頷ける。
「それじゃああのナースコールもそうだったんですよね。どういう仕組みなんですか?」
 幽霊の噂やその正体はわかったけれど、ナースコールに関してはいまだに謎のままだ。
 あの時鳴ったのは確かに305号室のものだった。そしてその305号室は確かに空き部屋だった。鳴らしてからすぐに別の部屋へ移動したとも考えられるけれど、それだと足音がするし、私たちが即行で駆けつけたら見つかってしまう可能性が高い。
「そのカラクリは……シュウ、やっぱりそれもわかっちゃった?」
「わかっちゃいましたよ」
 桜子さんに悪戯っぽく尋ねられ、先生はため息をついてそう答えた。
「ホントですか? 先生、教えてくださいよ!」
「ああ、えーと……実際に見た方が早いかな」
 そう言うと先生は席を立ち、懐中電灯を手に取った。そして桂太朗さんと桜子さんに告げる。
「2人とももういいですよ。兄さんはともかく、姉さんは早く帰ってください。まったく、こんな時間まで何をやってるんだか……。僕たちもこれが終わったらすぐ帰りますから」
「ええ〜? 冷たいなぁ。もうちょっとゆっくりしてきなよ。なぁ桜子」
「そうよ。せっかく久しぶりに兄弟3人揃ったんだから」
 2人はそう言って引き止めようとしたが、先生は冷たく跳ね除けた。
「なら2人で思う存分語り合っててください。行こう、碧乃君」
「あっ、はい」
 どうやら弟に対する2人の愛と、兄と姉に対する先生の愛には大きく差があるようだ。

*  *  *

 種明かしをするために連れてこられたのは、空き部屋になっている305号室だった。ドアの前で立ち止まり、先生が言う。
「暗いのによくここが305号室だってわかったね」
「え? わかりますよ。ルームプレートに書かれてますから。ほら」
 そう言って私が指差すプレートには、どこからどう見てもばっちり「305」と書かれている。
「でもプレートを確認したのはここに着いてからだよね。暗い中を歩いてきて、碧乃君はどうしてこの部屋が305号室だと思った?」
「それは……廊下の端から5番目の部屋だからです。いくら暗くても、さすがにドアくらいは見えますからね」
「うん、僕もそうだった。でも忘れてない? この病院、4がつく部屋はないんだよ」
「――あ!」
 その言葉で思い出す。エレベーターの中での会話だ。
 確かにこの病院には4階がなかった。そして4のつく部屋、すなわち304号室は存在しない。305号室は、実際には廊下の端から4番目の部屋ということになるのだ。つまり、私たちが入ったこの部屋は……
「本当は306号室だったってこと」
 先生はそう言い、懐中電灯でルームプレートを照らした。そしてプレートに挟まれている「305」と書かれた紙を外す。下から現れたのは「306」の文字。
 私はがっくりと肩を落とした。種を明かせばなんてことはない。あの時のナースコールは確かに305号室からのものだった。ただ私たちが305号室だと思って飛び込んだ部屋が、実際には306号室だった、というだけのことだったのだ。
「こんな単純なトリックだったとは……」
「単純だからこそ、だろうね。実際僕もあの時は慌てていて全然気づかなかったわけだし」
 同じようにあるはずのない304号室のプレートを外すと、案の定「305」という文字が現れた。桜子さんはここに忍び込んでナースコールを押したのだろう。そして私たちが306号室に入った隙に廊下に移動して……。私たちはそれにまんまと引っかかってしまったというわけだ。
 空き部屋の306号室に移動してベッドに腰をかけると、先生は呆れたように言った。
「兄さんたちも無駄に手の込んだことをするんだからなぁ」
「まったくです。スタッフどころか患者さんまで巻き込んで。まさしく職権濫用ですね」
「患者さん?」
 私の言葉に先生が首を傾げる。
「桜子さんの前に見た男の子ですよ。あの子も幽霊のふりをさせられて……って、え? あれ?」
 そう言っても先生は怪訝な顔をするばかりだった。どうも話が噛み合っていないらしい。そして先生は一言告げた。
「あの男の子は本物の幽霊だよ?」
「ええ!? あの壁に吸い込まれたのも何かトリックがあるんじゃないんですか!?」
「ないない。兄さんたちも、さすがにそこまで大掛かりな仕掛けは用意しないよ。碧乃君、気づいてなかったんだ」
 意外、とでも言いたげな先生。私はしょんぼりと頷いた。
「てっきりあれもすみれさんの計画のうちだとばかり……。いや、でも言われてみれば確かに……」
 暗闇でもはっきりとその姿が見えたり、思わず金縛りのような状態になってしまったり。
 思い返せば確かに桜子さんの偽幽霊とは異なる点が多々あった。けれど本物と偽者の区別もつかないなんて、探偵助手にあるまじき失態だ。知識に伴う経験――先生の言葉が頭をよぎる。
「私もまだまだ修行不足のようです……」
 そう言ってうなだれる私を見て先生はくすくすと笑った。決して馬鹿にしているのではなく、失敗を許すような優しい笑い。嫌な気はしなかった。
「碧乃君ならそれくらいすぐにできるようになると思うよ。……さてと。それじゃそろそろ帰ろうか。もう4時近いけど学校は大丈夫?」
「あ、平気です。今日の授業は午後からなので」
 そんな会話をしながら病室をあとにする。その時だった。先生が部屋の電気を消し、ドアを閉めかけた瞬間、私が再びその姿を目にしたのは。
「待って!」
 先生の手を止め急いでドアを開く。けれど、もうそこにその姿はなかった。
 真っ暗な病室を見つめる私に先生が不思議そうに尋ねる。
「どうしたの?」
「今……あの子がいたんです。部屋の中に」
「あの子? ああ、さっき言ってた男の子のこと?」
 男の子は廊下で出会った時と同じように、ぼんやりと暗闇の中に佇んでいた。そしてドアが閉められる寸前、何か言ったのだ。
『    』
 ほんの短いフレーズ。唇がわずかに動いただけで、なんと言ったのかはやはりわからなかった。
「あの時もこの部屋の前に立っていましたよね。306号室……ここに何かあるんでしょうか?」
「さぁ、どうだろうね。そこまではわからないな」
 たぶんあの男の子も、先生が霊査で感じたたくさんいる雑霊の中の1体に過ぎないだろう。けれど、なぜか気に掛かって仕方なかった。
 何かを訴えかけるような哀しげな表情。そして、声なき言葉。一体何を伝えようとしたのだろう。
 そんな疑問を残したまま、私は病院をあとにした。

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