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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その3の7


「びっくりしたよ。入ってくるなり『わかりましたー!!』だもんなぁ」
「あはは。もう言いたくて言いたくて仕方なかったもので」
 昨日と同じく、私は先生の車の助手席に乗っていた。行き先も昨日と同じく高橋総合病院だ。
 すみれさんのテストは先生が幽霊の正体を見事見破って終了となった。しかし、私にはどうしても気になることがあったのだ。
 二度も現れた本物の幽霊。あの男の子は一体何を伝えようとしていたのだろう。講義の間、ずっと考えていた。男の子の口の動きを何度も真似てみる。『あ・あ・い・え』。たぶん発音はこれで間違いない。ああいえ、ああいえ……。

「わかりましたー!! さがして、『探して』ですよ先生!」

 ついに謎が解けた私は、事務所のドアを開くなりそう叫んだのだった。
 『探して』。あの男の子は確かにそう言っていた。とても哀しげ表情で訴えかけるように。きっと306号室には、あの子が探して欲しい“何か”があるに違いない。
 そう思った私は先生に頼み、再び病院へと向かったのだった。

「この部屋に絶対何かあるはずなんです!」
 西館3階、306号室。私はそう断言すると、空き部屋になっている病室内を見回した。
 ベッドは4台。それぞれ隣に棚が置かれ、入り口の正面には洗面台も設置されている。いたって普通の病室で、特にこれと言って目につくものはない。けれど、必ずここに何かがあるはずなのだ。
「先生はそっち半分を探してください。私はこっち側を見ますから」
 そう指示し、2人で手分けして病室内を捜索する。ベッドの下、棚の中、引き出しの奥。マットの下にも手を突っ込んでみるが、それらしい物は一向に出てこない。
「先生ー。その数珠が失せ物の場所まで導いてくれたりしないんですか?」
「あいにくそんな便利な機能はついてないよ」
「……わかってますよ」
 一通り探し回り、膝と手のひらのほこりを払うと、ため息をついて壁に寄りかかった。
「なんで見つからないかなぁ……。先生、針金とか持ってません?」
「針金? そんなもの何に使うの」
「振り子でもいいですよ。5円玉結びつけますから、糸貸してください」
「…………ダウジング?」
 そう呟くと先生は体を起こし、ベッドに腰掛けた。
「碧乃君、埋蔵金じゃないんだから」
 いつものように、ちょっと困ったような呆れたような、へらりとした笑みを浮かべてそう言う。そしてポケットの中を探った。
「針金も糸もないけど、ガムならあったよ。食べる?」
「食べます食べます!」
 私がちょうだいのポーズを取ると、先生はガムを1枚取り出しぽいっと投げた。それは真っ直ぐこちらへ向かって飛んできて、見事私の手のひらに収まり――そのまま弾かれて床へ落下した。キャッチ失敗。
「あ、ごめん」
「だいじょぶです。……あれ、どこ行った?」
 足元を見回すが、落ちたはずのガムは見当たらない。きょろきょろしている私に歩み寄り、先生がしゃがみ込んだ。
「この下に入ったみたいだけど……」
 この下とは、ベッドの横にある棚のことだった。どうやら棚と床の狭い隙間に入り込んでしまったらしい。私も屈んで覗き込むが、とても手を入れられるようなスペースではなかった。
「先生……」
「ごめんって。持ち上げるからその隙に取ってよ」
 そう言って先生は棚を掴んでみるが、予想外の重さに一瞬驚く。そして気合を入れ直し、よいしょっとばかりに持ち上げた。棚の前半分が浮き、かろうじて手を差し入れられるくらいの隙間ができる。私は床に這いつくばり、棚の下を手探りした。
「碧乃君……まだ……? これかなり重たいんだけど……」
 ほどなくして頭の上から先生の苦しそうな声が聞こえてくる。
 もやしっ子のお坊ちゃんめ。この程度で音を上げるとは情けない。などと心の中で嘆いていると、人差し指の先に何かが触れた。四角い薄っぺらい物。それを指に挟むと、離さないように気をつけながら慎重に手繰り寄せた。
 ようやく目的の物を取り出し、座り込んだまま一息つく。先生も疲れきった様子で棚を降ろした。
 しかし私は驚愕するのだ。自分の手の内にある物が、ガムではないことに気がついて。そしてその表情はすぐに喜びへと変わる。私は思わず叫んでしまった。
「これぐあッ!!」
 ――と。
「あ、碧乃君、大丈夫?」
 涙目で額を押さえる私を先生が恐る恐る覗き込む。喜びのあまり声を上げたのはよかったが、立ち上がろうとした拍子に引き出しの取っ手に思いっきり頭をぶつけてしまったのだ。
「へ、へーきです……。それよりもこれ、これですよ先生!」
 額の痛みを振り切って立ち上がり、棚の下から拾い上げた物を見せる。すぐに先生もそれがなんであるかを理解したようだった。
 これであとは夜になるのを待つばかりだ。

*  *  *

 深夜2時。私と先生は静まり返った薄暗い廊下に立っていた。まさか2日連続、病院で徹夜することになろうとは……。
 私がドアに手を掛けると、先生が小さく頷いた。それを確認してから音を立てないようにそっと開く。私は息を潜めて病室に足を踏み入れた。
 空き部屋の306号室の中は真っ暗だった。しかし、部屋の中央にははっきりと人影が浮かんでいる。私が彼を見るのはこれで三度目だ。そしておそらく、これが最後になるだろう。
 『探して』――そう言ったあの男の子は再び私たちの前に現れた。本物の幽霊に間違いないのだが、不思議と怖さはない。その代わり、彼の哀しげな表情は、見ているこちらまで胸が締めつけられそうになる。
「広哉くん、だよね」
 私がそう言った瞬間、焦点のないその瞳にわずかに光が宿ったような気がした。私は男の子に歩み寄り、手にした物を差し出す。
「君が探していたの、これでしょう?」
 男の子――広哉くんはゆっくりと視線を下に向けた。そして私が手にしている物を見て、ぴくん、と反応する。それは小学校の名札だった。
 わたべ ひろや
 棚の下から見つけた名札にはそう書かれていた。看護師さんの1人に見せると、すぐにそれが誰のものであるかを思い出してくれた。
「306号室に入院していた渡部 広哉くんです。気管支喘息だったんですけど、今年の4月に亡くなったばかりで……よく覚えています。
 広哉くん、今年新1年生だったんです。小学校に上がるのをすごく楽しみにしていて、病室にランドセルや制服を飾っていました。入学式までに退院できたらいいねって、いつも言ってたんです。ランドセルを背負って、制服を着て、この名札をつけて……そうして学校に行くんだって。広哉くん、自慢げに話してくれました。でも……」
 それは実現されなかった。突然起きた発作で容態が急変し、広哉くんはそのまま――。入学式の前日だったという。
 元気に退院していれば、今頃広哉くんはこの名札をつけて小学校に通っていただろう。けれど、ベッドの上で描いていた夢は、もう永遠に叶えられることはない。
 広哉くんはゆっくりと顔を上げる。先程とは違い、その表情には色があった。少なくとも私にはそう見えた。そしてそっと手を伸ばし、差し出された名札をしっかりと受け取る。
『     』
 音にならない声で広哉くんはそう告げた。けれど、私にははっきりと聞こえていた。ありがとう、と。そう言った彼は、とても嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「どういたしまして」
 私がそう答えると、広哉くんは闇に解けるように消えていった。無邪気な笑顔のままで。その時、ふっと空気が変わった気がした。
「……広哉くん、成仏できたのかな」
 彼が佇んでいた場所を見つめ、独り言のようにそう呟いた。
「うん、できたはずだよ」
 それまで黙って見ていた先生が答える。そして言った。
「僕じゃあ、きっとできなかったと思う」
「え?」
 思いがけない言葉に振り返ってしまった。けれど辺りが暗いせいで、その表情を窺うことはできない。先生は穏やかな口調で続けた。
「どんなお祓いや祈祷をしても、あの男の子を成仏させることはできなかったと思うよ。いや、現世から立ち去らせることはできるけど。でもそれは彼が望んだ形ではないから、本来の成仏とは意味が違ってくる。彼がどうしてここに留まっているのか、何をして欲しいのか。それを理解して、叶えてあげることで、初めて本当に成仏することができるんだ。
 僕には彼の言葉はわからなかった。わかろうとしなかったのかもしれないね。碧乃君じゃなきゃ、あの子を成仏させてあげることはできなかったよ」
 ――思わず固まってしまった。驚きと、妙な恥ずかしさで。
 褒めてくれているのだろうか。つまり私はすごいってことなのだろうか。思考回路も停止気味だ。私が知っている高橋 柊一朗という人は、こんな喋り方で、こんな台詞を言う人ではない。こんな先生、私は知らない。
「先生が……先生じゃない……」
「え? な、何それ」
 拍子抜けした声を出す先生は、すでにいつもの先生に戻っていた。
 私は思わずほっとする。さっきまでの先生は、なんだか別人のようで落ち着かない。あんな台詞、嬉しいけど、恥ずかしい。それに、ちょっとカッコいいな、なんて思わせる先生は――先生じゃない。
 ……暗くてよかったな。心の中で、そう呟いた。

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