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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その3の8


 大きな門も、広い玄関もこれが2回目。
 次の日、私と先生は再び高橋邸へ行くことになった。すみれさんからまたしてもお呼び出しが掛かったのだ。一体なんだというのだろう。少し緊張が走る。
 お手伝いさんに客間へ通されると、そこにはすでにすみれさんが正座して待ち構えていた。やって来た私と先生を見てにっこりと微笑みかける。しかし油断は禁物だ。何せこの人は、あのテストを仕組んだ張本人なのだから。
 机を挟んで私と先生が腰を下ろすと、すみれさんは笑顔のまま口を開いた。
「2人とも、お疲れさまでした」
 自分でやらせておきながらこの台詞。思わず隣に座っている先生の表情が歪む。同時に、部屋の空気がわずかに重たくなった気がした。
「何がお疲れさまですか。全部母さんが仕組んだことでしょう?」
「あら、バレちゃったのね。駄目ねぇ桜子も。もっと上手に演じてくれなきゃ」
 そう言ってふふふと笑うすみれさん。その表情と口調からはまるで悪気が感じられない。むしろ先生の反応を楽しんでいるようにすら見える。おかげで先生の表情には不機嫌さがありありと表れ、部屋の空気もさらに重みを増した。
 とても口を出せない雰囲気。触らぬ神に祟りなし、だ。私は黙って成り行きを見守ることにした。
「一体どういうつもりなんですか、こんなことをして。お見合いを断り続けてきたことへの当てつけですか」
 先生の言葉には明らかに怒りがこもっている。しかしすみれさんはあっけらかんとした口調で一言告げた。
「だって、悔しかったんだもの」
 あ、親子だ。直感的にそう思った。それは先生の得意技、「だって、訊かれなかったから」にそっくりな言い方だったからだ。
「嘘だとわかっていても悔しかったのよ。だって柊一朗が女の子を連れてくるなんてこと、今まで一度もなかったじゃない?」
「嘘って……じゃあ母さん、初めから全部わかってて……!?」
 思いがけないその言葉に、私も先生も呆然とする。すみれさんはそんな私たちを見て得意げな顔で言った。
「母さんを甘く見るんじゃありませんよ。あなたの普段の様子は石蕗君から逐一報告してもらっています。もちろん、碧乃さんという助手がいることもね」
「…………」
「…………」
 先生も私も固まってしまった。
 すみれさんは最初からすべてお見通しだったのだ。私がただの助手だということも、全部。必死に恋人のふりをしていた自分が馬鹿みたいじゃないか……。
「つまり、単なる嫌がらせだったってわけですか」
 してやったり顔のすみれさんに先生はうんざりした様子で言った。するとすみれさんは子供のような表情になる。
「嫌がらせだなんてそんな。ちょっとしたお遊びよ。こんなこと、父さんがいない間にしかできないでしょう?」
 なんなんだろう、この母子。もう先生も呆れ果てて物も言えないようだ。
 しかし、すみれさんの表情が不意に変わった。1トーン下がった落ち着いた声で話し出す。
「本当はね、テストなんて重要じゃなかったのよ。こうでもしなきゃ、あなた家に帰ってきてくれないでしょう?」
「それは……母さんがそんなだからですよ」
 先生は一瞬はっとしたが、すぐに顔をそらしてそう答えた。
 そんな先生の様子に、すみれさんはそれまでとは違う笑みを浮かべる。穏やかな、けれどどこか寂しそうな複雑な表情だった。
「お見合いだって、別に本気でさせようと思っているわけじゃないわ。これも口実の1つよ。
 あなたはもう子供じゃない。自分の人生は、自分で決める権利があるわ。仕事のことだって、今は父さんも認めてくれているのよ」
「…………」
 すみれさんの口調は、子供を諭す母親のものだった。先生はばつが悪そうにうつむく。
 そういえば、先生のお父さんってどんな人なんだろう。高橋総合病院の院長。私が知っているのはそれだけだ。この肩書きだけだと、真面目で厳格な人物を想像してしまう。けれど実際は――どうなんだろう。
 すみれさんの話からは、先生とお父さんの間には何か確執のようなものがあるように聞こえた。おそらくそれは、探偵という職業に関係しているのだろう。
 確かに特殊な職ではある。「今日から探偵になります」と言われて、「はい、いいですよ」と認めてくれる親はそういないだろう。先生も少なからず反対を受けたに違いない。なんせ、黙っていても医者になる道が用意されていたのだから。
 先生の過去。興味がないと言えば嘘になる。けれど、簡単に触れてはいけないような気もした。……まぁ、訊かないでいれば、例によって先生は一生黙ったままなんだろうけど。
「ま、このことは今日はいいでしょう」
 ふっと、それまで張り詰めていたものが一瞬にしてにほぐれたような気がした。すみれさんはまた違う表情を浮かべている。今度は、それまでで1番優しい微笑みだった。
「でも柊一朗、たまには顔を見せに来てちょうだいね。別に用事がなくたっていいのよ。ここはあなたの家なんだから」
「……連絡くらいはしますよ。せめて月一で」
 先生の言葉はそっけなかったけれど、すみれさんは満足そうに笑っていた。それに気づき、先生は居心地が悪そうに顔をそむける。それは母親に丸め込まれた子供そのままだった。
 なんだか、また知らない先生を見てしまった気がする。

 話が終わり、部屋を去ろうとした時、不意にすみれさんに呼び止められた。先生には先に行くように告げ、私だけを部屋に残す。私も先生も不思議そうに首を傾げた。
 部屋にはすみれさんと2人きり。一体何を言われるのだろう。そう緊張する私への第一声はこうだった。
「合格よ」
「はい?」
 思わず間抜けな声で訊き返してしまった。しかしすみれさんは再び笑顔で告げる。
「碧乃さん、あなた合格よ」
「はぁ、ありがとうございます。……え、何が?」
 言葉の意味を理解していない私を見て、すみれさんはふふっとおかしそうに笑った。
「もちろんテストよ」
「テスト? でもあれはお遊びだって……。それに、桜子さんだと見破ったのは先生です。私は何も」
「さっきはああ言ったけれどね、あれは本当にテストだったのよ。あなたがあの子の助手にふさわしいかどうか。でも、合格よ。それも私が思った以上の出来」
 そうは言われても、私にはさっぱりわからなかった。ナースコールのトリックも見破ることができなかったし、本物と偽者の幽霊の区別もつかなかった。むしろ、失敗ばかりだったように思える。
 けれどすみれさんの口から出たのは思いがけない言葉だった。
「広哉くん、ちゃんと成仏させてあげたのでしょう?」
「! 知ってたんですか!?」
 すみれさんは笑っているだけで何も答えてくれなかった。しかしその表情は、「なんでもお見通しなのよ」と、確かにそう語っていた。
 本当に食えない人だ。改めて実感する。今回の件は、一体どこからどこまでが仕組まれていたことだったのだろう。なんだかずっとすみれさんの手のひらの上で踊らされていたような気がして恐ろしくなった。……あまり深く考えるのはやめておこう。
 玄関で待っていた先生は、私が戻ってくるなり怪訝そうに尋ねた。
「何を話してたの?」
「ああ、えーっと……『柊一朗をよろしく』って」
 それを聞き、先生はふうん、と納得したようなしていないような返事を返した。
 嘘は言ってはいない。ただ、すみれさんの台詞は正確にはこうだった。

「あなたのような人が一緒なら安心ね。ほら、あの子ってば、ちょっとぼうっとしたところがあるでしょう? だから碧乃さんみたいにしっかりした人がちょうどいいと思うのよ。またいつでも遊びに来てちょうだいね。その時はあの子も一緒に連れてきてくれると嬉しいわ。
 ――これからも柊一朗のこと、よろしく頼むわね」

 最後の台詞は、息子を心配する母親の言葉だった。
 桂太朗さんにしろ桜子さんにしろ、先生はすごく愛されているんだと思う。その表現の仕方には、少し問題があるけれど。でも先生もそのことは十分にわかっているのだろう。だから余計に鬱陶しそうな態度を取ってしまうのだ。なんだ、先生もまだまだ子供じゃないか。
「それにしても、まさか石蕗さんとすみれさんが繋がっていたとは……」
 最後の最後で1番大きな衝撃が襲ってくるとは。先生も頷く。
「僕も全然知らなかったよ。石蕗の奴……帰ったら問い詰めてやらないと」
「石蕗さんって、すみれさんと面識あるんですか?」
「あるよ。というか、かなりね。石蕗の母親は、昔からうちでお手伝いさんとして働いてたんだ。だから石蕗も小さい頃からよくうちに出入りしてて」
 それは当然のことながら初めて耳にすることだった。けれど納得する。先生と石蕗さんの阿吽の呼吸は、とても一朝一夕でできるものには思えなかったからだ。
「じゃあ幼馴染みみたいなものなんですね」
「うん、まぁ、一応そういうことになるんだろうけど……石蕗が石蕗だから。なんか変に主従関係みたいな感じになってて」
「あー、なんとなく想像つきます。小さい頃から所長と秘書やってたんでしょう?」
「はは、その通り」
 きっと今の2人をそのまんま幼くした感じなんだろう。幼少の先生の側に、何も言わず常に控える石蕗少年。そんな2人の姿を想像してしまい、思わず吹き出してしまった。今度すみれさんにアルバムを見せてもらおう。
 そんな会話をしながら先生は運転席に、私は助手席に乗り込む。車が高橋邸の敷地を抜けた時、ふと思い出して呟いた。
「でもこのまま上手くいっていれば、私は玉の輿になっていたわけか……」
 それを聞き先生が笑う。
「残念だったね。あいにく僕が持っているのはあの貧乏事務所だけだよ。本当に玉の輿を狙うなら、兄さんと結婚しないと。あの人もまだ独身だし、碧乃君にもチャンスはあるかもね」
「ほほーう。そうなると、先生は私の義理の弟ってことになりますね」
「あー……それは勘弁していただきたいかな」
 先生は苦笑い。わかってますって。こっちだって、干支が一回りも違う年上の義弟なんて勘弁だ。
「冗談ですよ。確かに院長夫人にも憧れますけど……でも私にとっては、あの事務所で一生オカルトに囲まれた生活って方が、ずーっと魅力的ですからね!」
「……え? ……え!?」
 そんな素っ頓狂な声を上げたかと思ったら、突然車がゴウンと右にそれた。思わず前につんのめる。
「うわっ! ちょっと先生、危ないじゃないですか!」
 慌ててハンドルを切り、対向車線に大きくはみ出た車はすぐに元の車線に戻った。向こう側から車が来ていたらどうなっていたことか。
「いきなりどうしたんですか」
 そう言って覗き込んだ先生の横顔は、まさしく茹ダコのように真っ赤だった。けれど平静を装って答える。
「いや、ごめん、なんでもない」
 明らかに動揺しているその台詞。
 あ、あれ? もしかして私、今さりげなく大胆発言した?
「…………」
「…………」
 車内に微妙な空気が流れる。先生の顔は、まだ少し赤かった。私もそれにつられそうになる。

 ――まさか、まさかね。
 ここは2人とも鈍感な振りをしておこう。

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