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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その4の4


「そっ、それじゃあ犯人はあたし本人だって言うの!?」
 次の日の朝。
 目を覚ました美羽に昨日の夜(正確には今日の朝)の出来事を話すと、驚愕の声を上げた。どうやら美羽本人にはまったく記憶がないらしい。
「そうじゃなくて、何者かが美羽に乗り移っていたってこと」
「何者かって……何者よ!?」
「それは……」
 それは私にもわからない。助けを求めて視線を移すと、そのあとは石蕗さんが引き継いでくれた。
「…恐らく生霊です」
「「生霊!?」」
 美羽と私が同時に叫ぶ。石蕗さんは小さく頷いた。
「い、生霊ってあれですよね? その名の通り、生きてる人間の霊……ってことですよね? それが、あたしの中に……!?」
 美羽は呆然としながら自分の身体を見回した。
 私も驚いている。憑依した正体にもだが、それを見破った石蕗さんにもだ。もしかしたら石蕗さんって、先生以上の霊力の持ち主なんじゃないだろうか。昨日のことを思えば十分ありえる。
「そういえば、目が覚めた時から妙にダルくて体の節々が痛いんだけど……。これもその生霊のせい!?」
「それは……うん。そうかも、ね」
 私が曖昧に答えると、美羽は悲鳴を上げて青ざめた。
 どちらかと言うとそれは生霊のせいではなく、石蕗さんが行った不動金縛りの法のせいなんだけど……それは黙っておこう。
「でも生霊かぁ。ちょっと面倒なことになりましたね」
「…そうですね」
「……? どういうこと?」
 意思疎通する私と石蕗さんを見て、美羽が怪訝そうに尋ねた。
「生霊の厄介なところは、霊を飛ばした本人に自覚がない場合が多いところなの。だから仮にその霊の正体がわかったとしても、本人にそれを言ったところでどうこうなるようなものじゃないのよ」
「そんなぁ! それじゃあどうすればいいのよ!?」
「うーん、霊が抜け出た原因を解消するしかないかなぁ」
「抜け出た原因って、例えば?」
 その質問には石蕗さんが答えてくれた。
「…霊というものは、強い思念が具現化したものです。大抵の場合は怨恨ですね。救いを求めて現れる霊や、守護するために現れる霊もいますが……憑依された柳原さんの様子を見る限り、やはり怨恨の筋が強いかと思われます」
 確かに、と私も納得する。カッターやはさみを持って襲い掛かってきた相手が好意的な霊であるはずがない。
「怨恨って……あたしを恨んでるってことですか!?」
「…そういう事になります」
「美羽、なんか身に覚えとかないの?」
「そ、そんなこと言われたって……」
 美羽はうーんと唸り、記憶の中に一斉検索をかける。しかし、しばらく考え込んだあと力なく首を振った。
「やっぱりないよ。いくらなんでも幽霊になって現れるくらい恨まれることなんて……」
「ホントに? 恋愛関係でも?」
「恋愛関係?」
 美羽がギクンと肩を震わせた。少なからず思い当たる節があったのだろう。
 ご存知の通り惚れっぽい美羽には、男の噂が事欠かなかった。気がつけば新しい彼氏を連れている。私や沙也香が顔を覚えることなく別れてしまった相手もいるくらいだ。
 しかし、友人として断っておく。美羽は決して悪女ではない。そう呼べるほど狡猾でも計算高くもないし、何より負け戦の方が遥かに多いのだ。そのたびに私や沙也香に泣きつき、また新たな恋に生きる。恋多き女を地でいく、それが柳原 美羽。
 だからなぜか憎めない。美羽が困っているなら助けてあげたいと思う。私も、それに沙也香も。ただ、恋愛についてはもう少し慎重になって欲しいところだけど。
 石蕗さんによると、今回の件が恋愛絡みということは十分にありえる、との答えだった。
 確かに生霊の原因が愛憎という場合は多い。例えば熱狂的なファンが生霊となってつきまとったり、嫉妬のあまり好きな人の結婚式に生霊となって現れたり。可愛さあまって憎さ100倍というヤツで、痴情のもつれほど恐ろしいものはないのだ。
 そんなわけで、やはり今回の件は恋愛絡みで間違いないだろう。
 幸い今日はテストの時間割りの関係で、私も美羽も大学は休みだった。石蕗さんは一旦事務所へ戻ったが、私はそのままアパートに残ることにする。美羽と共に恋愛関係の線を中心に洗い出していくのだ。

*  *  *

「ねぇ、私この人知らないんだけど」
「あー、田中くんね。つき合い出した途端、甘えんぼキャラに変わってもう幻滅」
「……で、別れたと」
「うん」
「じゃあこっちの人は?」
「鈴木! コイツ最低よ。隠れて他の女とつき合ってたの!」
「……で、別れたと」
「うん」
 昼食を終えた部屋ではそんな会話が延々と続けられていた。
 デジカメのデータがパソコンに保存されていたため、その写真を元に1人1人検証していったのだが……出るわ出るわ。どれもこれも、美羽に恨みがあってもおかしくないような相手ばかり。
 改めて友人の悪い癖を思い知らされたところで、ようやく最後の1枚になった。つまり、1番最近までつき合っていた相手だ。
「あ、この人は見覚えある気がする」
「碧乃に紹介したことあったっけ? 佐藤くんだけど……向こうから声掛けてきて、向こうからいきなり別れられたの。超ショック」
「じゃあこの人は外してもいいか。でも美羽、さすがにこれじゃあ誰が生霊になって出てきても文句は言えないわよ?」
 う、と美羽が言葉に詰まる。
「あ……あたしはただ、運命の相手を見つけるために、こうやっていろんな男の人を渡り歩いているのであって……」
 そんなわけのわからない言いわけを遮るようにチャイムが鳴った。美羽は、助かった! とばかりに席を立つ。
「運命の相手が来たみたい!」
 そう言って瞳を輝かせ玄関へと向かった。
 言ったそばからこれだ。友人としての忠告なんだから、もうちょっと真剣に聞いてもらいたいものだなぁ。
 ため息をつくと、美羽に連れられ彼女曰く運命の相手がやって来た。彼はどこから持ち出したのか、御札らしきものを手にしている。
「…あまり強力なものではありませんが、一応この部屋に結界を張りました。これで霊が入って来られなければ、今後もこの札を貼っておけば問題ないはずです」
 部屋の天井の四隅に御札を貼り、石蕗さんはそう言った。しかし美羽は不安げな顔をする。
「でも、もしこれで霊が入って来たら……」
「…その時はやはり、霊の正体を突き止め原因を解消しなければなりません」
「そうですか……」
 そう呟き、美羽は頼りなげに天井の御札に目をやった。
 石蕗さん、石蕗さんとはしゃいでいたけれど、やはり美羽だって怖いのだろう。自分の体を他人に乗っ取られるかもしれないんだ。平気でいられる方がおかしい。
 私は美羽の背中を叩いて明るく言った。
「大丈夫だって! 今日は石蕗さんもついてるし、私もずっと起きて見張ってるから。ね?」
「……うん。そうだよね」
 美羽は頷き、小さく笑った。

 夕食を取ったあと、テレビを観ながらたわいもない会話をしているうちに、いつの間にか日付が変わっていた。石蕗さんはずっとノートパソコンに向かっている。時間が経つに連れ、美羽の表情は次第に曇っていった。
「もし今日も現れるとしたら、やっぱり夜中の2時なのかなぁ……」
 美羽がぽつりと漏らし、私はつい壁に掛けられた時計に目をやってしまった。
 深夜1時半。昨日美羽が憑依された時間まで、あと1時間。
「もー、大丈夫だって。なんか美羽らしくないよ?」
「うん……」
 美羽が答えたその時、バチン! と音を立て、突然テレビがひとりでに消えてしまった。美羽は肩を震わせ私にしがみつく。
「なっ、何!?」
「大丈夫、大丈夫だから」
 そう言って美羽をなだめ、その手を握る。
 私と石蕗さんは部屋を見回した。異変はない。そう思った瞬間、パシン! とラップ音が響いた。美羽が小さく悲鳴を上げる。
「…まずいですね」
 石蕗さんがそう呟いた。なんだか石蕗さんにそう言われると、とてつもなく嫌な予感が……。
 パシン! と再びラップ音が鳴り、その予感は的中した。天井に貼られてた御札が、はらり、と音もなく床に落ちたのだ。そして1枚、また1枚と剥がれていき、とうとう4枚すべてが剥がれ落ちてしまった。
 ラップ音が鳴り止み、辺りが静まり返る。しばらく息を殺していたが、何も変化は起こらなかった。ほっと胸を撫で下ろす。
「美羽、もう大丈夫だよ」
 声を掛けるが返事はなかった。美羽はうつむいたままで、いつの間にか震えも止まっている。
 私ははっとした。この感じ、昨日と同じだ。そう思った瞬間、石蕗さんが私の腕を引いた。
「…離れてください」
 そう言って美羽と距離を取り、石蕗さんは私の前に立つ。その背中越しに、ゆっくりと立ち上がる美羽の姿が見えた。その瞳はすでに美羽のものではない。
 私は息を呑む。美羽は再び『誰か』に姿を変えた。

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