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石蕗さんの家政夫日誌

a certain Monday...


 その日最初の来訪者に、所長は落胆しつつも、どこか安堵しているようだった。
「な、なんですかその顔はっ。なにか不満でも!?」
 学校帰りに事務所を訪れた如月さんは、憤慨した様子でデスクに詰め寄った。所長が弁解してもなお頬を膨らめる。
「せっかく完成したばかりのこれをお見せしようと思って来たのにっ」
 首をかしげる所長に、如月さんは鞄から大きく分厚い一冊の本のようなものを取り出した。そして、得意げに掲げてみせる。
「アルバム?」
「如月なる子特製、先輩メモリアル第一号です!」
 所長は疑問符を浮かべながらもそれを受けとった。
 名称はどうあれ、中には何枚もの写真が並べられ、アルバムのていをなしている。もちろん、撮影者が如月さんである以上、そのほとんどに不自然なもやがかかっていたり、奇妙な発光体が写りこんでいたりはしていたが。
 だが、注目すべき点はそこではない。それらの写真の被写体は、すべて同一人物だった。
「これ、碧乃君しか写ってない……」
 歩道を歩く姿、ショッピングの最中、本屋で立ち読みをしているところ。
 芹川さん以外の人物がいないわけではない。彼女の友人が写っているものも多数ある。しかし、ピントはあくまで芹川さん一人に絞られていた。
「当然です! “先輩”メモリアルなのですからっ」
「よくもまあこれだけの数を……って、如月さん。これ、どの写真もカメラのほうを向いていないところを見ると、全部隠し撮りだね?」
 にわかに如月さんの表情に焦燥が浮かぶ。
「こっ、これはっ! 自然体の、ありのままの先輩をファインダーに収めることを追求した結果なのです! 物陰ショットと言ってくださいっ」
「うん……。世間ではそれを隠し撮りといってね」
 如月さんの分が悪くなりはじめたとき、唐突に事務所の入り口が開いた。
 快活な昼の挨拶と共に室内に入ってくる人物を見て、所長は身をこわばらせ、如月さんは慌ててアルバムを鞄にしまった。やはり彼女にも、多少なりともやましい気持ちはあるようだ。
 その素早い行動を横目で見やり、所長は呟いた。
「……まあ、悪気はないようだから黙っておくよ」
 如月さんは、恩に着る、とアイコンタクト。所長は所長で、平静を欠きはじめる。
 そんな二人を怪訝そうに眺めるのは、芹川さんだった。しかし深くは追求せず、続いてやってきたもう一人の来訪者を紹介する。
「クライアントのかたが見えてますよ。仲原さん、でしたよね。どうぞこちらへ」
 芹川さんに促され、応接ブースへ案内されたのは、彼女とそれほど年齢の代わらない若い女性だった。ビルの前で入ろうか入るまいか躊躇していたところを、芹川さんが声をかけて連れてきたとのこと。依頼内容は、行方不明になったペットの捜索らしい。よほどかわいがっていたのか、仲原さんはずいぶん消沈した様子だった。
 詳しい話を聞くため、所長も応接ブースへ移動する。芹川さんがお茶を淹れに立った隙に、如月さんは抜き足で事務所を去ろうとした。しかし、ドアを開けたところで見咎められてしまう。
「あれ? なる子ちゃん、もう帰っちゃうの? 今なる子ちゃんのぶんもお茶を」
「いえっ! お仕事の邪魔になってはいけませんし、今日は失礼させていただきますっ」
 芹川さんの言葉を遮り、如月さんは脱兎のごとく事務所を出ていった。あわただしい足音が響き、やがて遠ざかっていく。芹川さんは腑に落ちない様子で開け放たれたままのドアを見つめていたが、湯飲みを一つ減らし、気を取りなおして作業を再開した。如月さんの挙動不審は今に始まったことではないからだろう。
 しかし、芹川さんはこのあと、所長の挙動不審に悩まされることとなる。

 仲原さんから詳細を伺っている最中、所長は心ここにあらずだった。依頼内容よりも、隣に座っている助手のほうが気になって仕方がないといった様相。正確には、その助手の昨日の動向について。具体的には、一緒にいた男性との関係について。
 クライアントの手前、本人に問いただすこともできず、所長の所作は余計に不審さを増幅させる結果となった。
 これには当然、仲原さんも訝しがる。ただでさえ頼りがいのありそうな風貌をしているわけではないのに、これではクライアントの不安が増すばかりだ。何度芹川さんの口から「しっかりしてください」と叱咤の言葉が出たかわからない。
 しかし、最終的には正式に依頼を受けることとなった。芹川さんと所長は仲原さんを伴い、さっそくペット(注釈:名をキャロラインちゃんという)がいなくなった現場へと赴いた。
 事務所を出るまでの間、二人が幾度となく交わした会話をここに書き出しておく。

「あのさあ、碧乃君」
「なんですか?」
「……いや、なんでもない」
「そうですか」
「…………あ、あのさあ、碧乃君」
「なんですか?」
「……いや、なんでもない」
「なんなんですかもう!」

*  *  *

 本日四人めの来訪者が見えたのは、それから十五分ほど経ってからだった。
 現れた人物は、気さくな仕草でドアをくぐってやってくる。
「ちわー。あれ、石蕗くん一人?」
 所長の同級生であり、二十年来の友人である佐伯 渉氏。少々珍しい客人ではあったが、中栖村で再会して以来、何度か事務所を訪れていた。
 先ほど依頼が入り、調査に出ていることを告げると、佐伯氏は当てが外れた様子でソファーに腰を下ろした。
「めっずらしいなー。シュウのやつ、ほんとに探偵やってんだな」
 かく言う佐伯氏も、着崩した背広と茶色の入った髪を見る限り、到底刑事には思えない。ルーズなネクタイをさらに緩め、ソファーに背を預けて大きく伸びをする。
「まいいや。ちっと休ませてくれよ」
 そう言って、懐から煙草を取り出す。しかし、口にくわえたところでこちらの視線に気づき、慌ててしまい戻した。
「わりわり、ここ禁煙だっけ」
 代わりに、差し出されたお茶をすする。そうして一息つく佐伯氏は、どこか疲れきった様子だった。
「…お仕事の途中ですか」
「そう。そうなんだけどさー、もうへろへろだよ」
 聞けば、聞きこみ捜査の最中とのことだった。この付近で暴漢騒ぎがあったらしい。
「なんでも女の家に無理やり押し入ったんだと。犯人は行方くらましてて、現在捜査中」
 佐伯氏は足を投げ出し、大きなため息を一つ吐く。外回りは確かに根気がいるとは思うが、疲労の原因はそれだけではないように見えた。尋ねるとそのとおりだったようで、佐伯氏は身を乗り出して訴えた。
「聞いてくれよ! 俺、年下の嫌味な上司にこき使われててさあ。肉体的にも精神的にもぼろぼろですよ」
 彼の言う『年下の嫌味な上司』は、これまでも何度か話題に上がっていた。その十割が不平不満の愚痴で、今回も例に漏れなかった。
 せき止められていたものが溢れ出したように、そこから佐伯氏は、皮肉眼鏡、敬語で人を殺す、実際有能なのがさらに腹立つ、などとまくし立てた。そこまで難じられると、逆に一度会ってみたい気もしてくる。
 さらに文句を重ねようとしたとき、それを阻むかのように、ふいに携帯電話の着信音が鳴り響いた。音の出どころは、佐伯氏のポケットの中だ。
 佐伯氏は最初億劫そうに対応したが、相手の声を聞き、態度を一転。弾かれたように立ち上がり、背筋を伸ばして気をつけの姿勢をとった。
「おっ、お疲れさまです! ……はい、……はい。え? 今から、ですか? ……いえそんな滅相もない! 了解しました。……はい。失礼します」
 電話を切り、一拍置いてから佐伯氏はソファーに倒れこんだ。一分にも満たないやりとりで、精根尽き果てた様相だった。相手は訊くまでもなく、例の『年下の嫌味な上司』だろう。まるで見計らったかのようなタイミングだった。
「あの人、俺に盗聴器とか仕掛けてるんじゃねぇだろうな……」
 呼び出しがかかったらしく、佐伯氏は仕事に戻ることとなった。鉛を引きずるように席を立ち、事務所を去っていった。最後の最後まで繰り言を並べながら。
「あっのロリコン警視……。女子高生好きだって周りに言いふらしてやる……」

 その後、所長が帰宅したのは、辺りがすっかり暗くなった頃だった。芹川さんの姿は見えず、現地解散で調査は終了したとのこと。数時間でキャロラインちゃんが見つかることはなく、範囲を広げての捜索は明日に持ち越しとなった。
 しかし、所長の表情が冴えない理由は、当然その件によるものではない。
「…聞き出せなかったんですね」
「…………うん」
 やはり、とは言わないでおいた。所長にそんな気概があるはずもないことはわかっていたが、それを言うとさらに気を落としそうなので、今は黙っておくことにした。
 仕事に支障が出なければよいのだが。いや、もう手遅れだろうか。

 ――本日の手記は以上。

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